【科学の濫用】高校では文系と理系に分かれることが当たり前のように行われる。そして、ときとして成績の悪い方が文系に回されることも多い。文系に
理系コンプレックスがあることはしばし言及されることだ。さらに、大学に進むと、彼らが英語の論文を書くことは非常にまれなことであり、そのような国際的な土俵に立てない現実から
西欧コンプレックスにもしばし陥り、西欧からの借り物の言葉で武装を始める。西欧に追いつけ追い越せの自然
科学とは真逆であり卑屈な態度ともいえる。
「進歩的文化人」の中には「人文
科学」や「社会
科学」と名づけられた学問を学んでいるものも多い。それらの学問は自然
科学とは異なり、証明が曖昧だったり
不可能なものだ。それらに敢えて「
科学」の名を僭称することで、逆に自然
科学に対する劣等感が露呈ないし増幅される結果になっている。そこから、口先だけで生きている「人種」を生み出すことにもなる。
マルクス主義も自らを「
科学的」社会主義と主張したが、戦後の
進歩的文化人のコンプレックスを満足させるには十分な名札になった。日本共産党も自らを
科学的であることを強く
主張する。彼らもまた未だに劣等感が残っているようだ。あるいは無知蒙昧なる純真な庶民が
科学に対して抱いている無防備な信頼を布教に利用する目的もあるのだろう。
科学は水戸黄門の印籠ではない。
【科学と宗教の両立は可能か】科学の衣をまとったカルト
宗教の誕生
そのむかし、
科学が誕生し文明が発達すると、啓蒙主義者たちが現れるようになった。啓蒙主義者は「
科学的合理主義」を自称し、伝統や因習そして「既存の
宗教」を非理性的なもの(蒙昧なもの)だとして排斥しだした。
文明は
科学技術によるところも多い。それにもかかわらず、返す刀で、その「
科学」的と自称する啓蒙主義者は、その理性の刀で文明を断罪した。その中でも、啓蒙主義者の
ルソーは、一種の理神論として「市民
宗教」や「
自然宗教」を唱えた。
ルソーは文明が人を堕落し不幸にさせると考え、代わりに自然を崇拝していた。この
ルソーの「理神論」的な
宗教が、やがて、フランス革命の恐怖政治の中で、「
最高存在の祭典」として理性の女神を奉るまでになった。
あらゆる近代の矛盾を内包したままフランス革命は失敗に終わった。そこで、オーギュスト・コントは、この夢想家たちによる失敗したユートピアの試みに代わるものが必要だと考えた。社会は
宗教の代わりに、「
科学的」な学問が必要であり、そのための学問を「
社会学」と証した。結局、コントはそれだけでは満足せずに、「人類教」なる
宗教を立ち上げ、教祖になってしまっている。そして、ついには
マルクスが現れ、「善悪二元論」に基づいた階級闘争史観を打ちたて、そこから終末論的な救世主願望を
マルクス主義という20世紀最大の
宗教に転じさせた。
【社会学的言説の詭弁と言論の責任について】現在、進歩的文化人の役割を担うものとして
社会学者があげられる。彼らは現代に現れた啓蒙主義者であり、現代文明の蒙を照らそうと躍起になっている。しかし、彼らの試みは、詭弁と屁理屈で劣情を煽り、
公私の区別を欠いた問題にまで踏み込もうとしているものがいる。それは全体主義的な発想に直結する。例えば、性の問題は極めて
プライベートなものだ。それを学問と称して、
ジェンダーフリー教育なる
過激な性教育を小学生に行いご満悦になっている。
ゆとり教育を含むイギリス病の克服に日本が躍起になるのも無理はないことだ。残念ながら、教育基本法改正は
ジェンダーフリー思想に汚染されたものになった。
ブルセラ学者と揶揄される
宮台真司は援助交際を自由の一形態云々と述べたが、単なる好色を「
ニュー・スピーク」を使ってごまかす事もなかろう。彼らのガラス細工で出来た根拠不十分な言説は、オッカムの剃刀を使った後では何も残らないだろう。彼らは、思い込みや勝手な決め付けによる言説から、現実離れした議論をよく展開する。反証可能性は今では
科学的であることを担保するための条件になっている。一切の批判を認めようとしない言説は机上の空論であり、仮説と呼ぶことすら憚るものだ。借り物の言葉を使った言葉遊びをやめて、地に足のついた言葉を語ろう。さもないと、丸山真男のように、いつか自分の言説に足をとられるときがくるだろう。
【ジェンダーフリーに寄生する差別利権の問題】ジェンダーを食い物にするフェミニスト
ジェンダーフリーは男女の
性差をなくそうとする
究極の平等思想に基づいた
思想運動である。教条的フェミニストは男女差に関する医学的知見を平気で無視する。その医学的知見が極めて
科学的な手続きを踏んでいるにもかかわらず、フェミニストは根拠薄弱な自説を振り回し
科学的知見を闇に葬る。上野千鶴子を筆頭にフェミナチとも揶揄される連中は雌雄同体を模範としている。
ルソーはチンパンジーを自然人としての人間の理想と信じていたが、
ジェンダーフリーを信奉するフェミニストは人間をして
カタツムリやペインテッド・コンバーにしたいらしい。
トランスジェンダーの問題に関しては、学者風情が大上段に学問の俎上にのせて問題を弄ぶよりも、現場での医学的対応の方が必要とされている。弱者利権を主張するのは左翼の常套手段である。一見、弱者をかばうような言説を行いながらも、実際は、逆差別につながっていることが多々ある。今や、
ジェンダーフリーも立派な利権の問題と化している。
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