スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ああすればこうなる

無謬性の神話に包まれた科学


久しぶりに「バカの壁」をパラパラとめくっていると、温暖化に対する官僚の態度で気になる記述があった。これを読むと科学を盲信することの危険性について官僚たちが全く考えていないことがよく分かる。ペットボトル行政の誤りなどに対しても、それを絶対に認めようとしないが、そこには組織の体質そのものに致命的な欠陥があるのかもしれない。


養老 孟司「バカの壁」より(改行は任意)

最近、私は林野庁と環境省の懇談会に出席しました。そこでは、日本が京都議定書を実行するにあたっての方策、予算を獲得して、林に手を入れていくこと等々が話し合われた。そこで出された答申の書き出しは、「CO2増加による地球温暖化によって次のようなことが起こる」となっていました。私は「これは"CO2増加によると推測される"という風に書き直してください」と注文をつけた。するとたちまち官僚から反論があった。「国際会議で世界の科学者の八割が、炭酸ガスが原因だと認めています」と言う。しかし、科学は多数決ではないのです。


「あなたがそう考えることが私は心配だ」と私は言いました。おそらく行政がこんなに大規模に一つの科学的推論を採用して、それに基づいて何かをする、というのはこれが初めてではないかと思う。その際に、後で実はその推論が間違っていたとなった時に、非常に問題が起こる可能性があるからです。


特に官庁と言うのは、一度何かを採択するとそれを頑として変えない性質を持っているところです。だから簡単に「科学的推論」を真理だと決め付けてしまうのは怖い。
…(中略)…
ただし、それは推論であって、真理ではない、ということが大切なのです。なぜこの点にこだわるかといえば、温暖化の問題の他にも、今後、行政に科学そのものが関わっていくことが多くなる可能性がある。その時に科学を絶対的なものだという風に盲信すると危ない結果を招く危険性があるのです。


付け加えれば、科学はイデオロギーでもありません。イデオロギーは常にその内部では100%ですが、科学がそうである必要はないのです。



科学妄信時代と疑似科学の隆盛


現代社会には、科学に対する無防備な信頼が形成される土壌がある。現代では科学的であることがものごとを決めるときの絶対的な判断基準になることが少なくない。しかし、科学を過信しずぎることは余りにも危険なことだ。科学は絶対の真理ではないのだから。むしろ、間違いを認めることこそが科学たるゆえんでもある。官僚や役人のように「無謬性の神話」など科学には必要ないのだ。


カール・ポパーは科学と疑似科学の線引きに反証可能性を提唱している。当たり前の事だが科学は間違えることもあるのだ。科学がおかした過ちは、優生学にルイセンコ学説、ノーベル賞を受賞したロボトミー手術など枚挙に暇がない。


私なりにポパーの哲学を解釈すると、科学はトライ・アンド・エラーによってなりたっているということだ。トライ・アンド・エラーは、ポパーの著書名『推測と反駁』からも見てとれるし、彼の提唱するピースミール社会工学にもその思想の一端をうかがうことが出来る。


科学を絶対的なものと信じたときから、それは宗教となり、イデオロギーとなる。科学は価値中立だが、宗教やイデオロギーは人の主観や価値判断といったもから決して自由にはなれない。だからこそ、宗教は人の主観や価値観を擁護するための砦ともなる。カルトに対して私は強い警戒感を抱くが、宗教自体を否定することはしない。しかし、政治が介入したり、絶対的なイデオロギーに転じてしまった科学は、早晩、疑似科学化し、災いを招くことになるだろう。


すでに温暖化対策と称してバイオマス燃料の開発を推し進めた結果、穀物価格が暴騰し、発展途上国の飢餓や貧困といった形でしわ寄せが出ている。温暖化の被害は途上国ほどひどくなるとも言われているが、彼らを救う気など全くなかったことがこの事例だけでもよくわかる。これでは今の温暖化対策は飢餓を加速させるためにやっているとしか思えない。
国策「コーンラッシュ」 あおりで穀物価格急騰 飢餓人口4億人増えるう予測も
バイオ燃料が地球にやさしいというのは大ウソ


温暖化対策を推進するものたちにとって、温暖化対策が与える負の側面については余りにも無頓着過ぎはしないだろうか。コペンハーゲン合意のような厚生経済学の観点から言えば、温暖化対策の優先順位は下位になり、途上国に対する医療やその他の政策が重要となる。当たり前のことだが、お金は有限である。その使い道は限られている。温暖化対策に回した分のしわ寄せが、どこかででるのは必然のことだ。



閉じた社会のエントロピー問題
養老孟司は「ああすればこなる」という言い方で、頭でっかちになった現代人が陥りやすい机上の空論による危険な行いを警告している。新潟県中越沖地震でも、想定外の規模だったようだが、何事も計算通りいくこの方が少ないと思う。間違いに気づいたら、その都度、訂正してもらいたいものだが、原発業界は、とくに「無謬性の神話」が強いのだろう。昔も今も隠匿体質に変わりはない。


TKY200707200590.jpg


放射性廃棄物入りドラム缶、横倒し 原発が写真公表 2007年07月21日


クローズドなシステムでしか存在できない放射性物質を扱うのだから、自然と隠匿体質にならざるを得ないのだろう。もっとも原発に限ってはたった一回の誤りが国家の破滅にもつながりうるから、「無謬性の神話」に固執せざるを得ない運命なのかもしれない。原発を扱うリスクは二重の意味で危険を伴っている。大事故のリスクや放射性物質の管理はもちろんのこと、ポパーの提唱する「開かれた社会」の敵となる運命を抱えているということだ。


非居住区のような「閉じた社会」を必要とし、組織的な隠匿体質を生む土壌が形成されている。そこに放射性物質だけではすまない危険性が隠されている。原発産業は透明性とは無縁の世界だ。危険なものを扱えば扱うほど自然とそうなる。普段の道路で放射性物質が運搬されることを知っている人がいたら不安を抱く。それが人情というものだ。


開放系のエントロピー論と「開かれた社会」の哲学
閉鎖系のエントロピーは熱的カタストロフィーから逃れられない。しかし、地球は開放系である。「水の惑星」はすぐれた廃熱システムにより、エントロピーを広大な宇宙へ廃棄しているのだ。放射性物質はその開放系の社会に閉鎖系のシステムを生むという意味でも、危険な存在だ。ところで、開放系エントロピー論といえば槌田敦氏の名をあげることが出来る。


分野は異なるが、槌田氏の理論はポパーの「開かれた社会」とどこか通底するものがあるのかもしれない。まだ私の力量では彼の理論を消化するまでには至らないが、徐々に学んで生きたいと思う。カタストロフィーをもたらすのは温暖化ではなく、閉鎖系をうむシステムそのものにある。「無謬性の神話」に固執し構造的な腐敗に陥った官僚や組織的な隠匿体質を抱えた原発産業は、閉じた社会が抱える共通の問題を抱えているのかもしれない。

comment

Secret

放射性物質と閉じた社会

 お久しぶりです。また中々興味深い面白い記事でした。
 養老孟司の記事の引用部分よりも、
TheorySurgery氏の独自の理論展開が読み応えありました。

特に槌田敦氏の開放系の熱力学を受けて
>放射性物質はその開放系の社会に閉鎖系のシステムを生むという意味でも、危険な存在だ。
という表現や
>クローズドなシステムでしか存在できない放射性物質を扱うのだから、自然と隠匿体質にならざるを得ないのだろう。
という展開は、圧巻です。非常に面白い洞察です。
>たった一回の誤りが国家の破滅にもつながりうるから、「無謬性の神話」に固執せざるを得ない運命
の原発は、やはり人類最悪の過ちですね。
>ペットボトル行政の誤りなどに対しても、それを絶対に認めようとしない
 愚かな官僚達が、原発行政の過ちを認めるには、官僚の抜本的な構造改革が必要でしょう。愚かな官僚達に限って、学歴とかを(のみを)誇って、権威主義だから、始末に負えません。


 不確実なCO2温暖化説を根拠とした対策の愚かさは、嘆かわしい限りです。
 記事に書かれたようなバイオマス燃料然り。CO2地下貯留計画も逆効果は目に見えてます。そして、最悪なのが、原発の見直しでしょう。
 生態系を循環しない(循環させたら大変です。)放射性核廃棄物と、無毒で、光合成の大切な材料であり、しっかり生態系も循環するCO2とどっちが、手に負えないかの判断もつかない(意図的に)官僚、御用学者は、とんでもない愚か者であり、世紀の犯罪者でしょう。



 余談ですが、ちょっと気になった言い回しが、
>閉鎖系のエントロピーは熱的カタストロフィーから逃れられない。
 熱平衡状態、熱死状態を「カタストロフィー」と呼ぶ事にちょっと違和感を感じました。
「カタストロフィー」は「破局」と訳され、不連続なイメージがあります。熱死状態は動きを感じません。でもその後の
>カタストロフィーをもたらすのは温暖化ではなく、閉鎖系をうむシステムそのものにある
は、そのまま抵抗なく受け入れられる表現でもありますので、私の語感違いですね。開放系の熱循環(交換)が壊される段階で、十分カタストロフィーはあります。

虚構の安全神話・神話の世界に生きている現代社会

原発は「安全神話」を絶対に必要としており、一度もミスが許されない存在です。だからこそ、隠そうとする体質が必然的に生まれるのだと思います。しかし、人間は過ちをおかす存在です。ミスが許されない現場というのは考えただけでも窮屈ですし、少しぐらいのミスなら隠してしまおうという心理も働きやすいのかもしれません。


私は人間などはミスがあって当たり前というスタンスですから、ミスを想定できない原発の存在というものは人間が扱える範疇を越えていると思います。神話の中だけの存在にとどまってほしいものだと思いますが、現代は「原発の安全神話」や「CO2悪玉説の神話」、「エコロジー神話」など、まさに神話だらけです。


槌田さんはいち早く「エコロジー神話」について警告していますが、あたかも永久機関のごとくサイクルを喧伝するリサイクル行政などを見ていると、エントロピーの法則を全く理解していない官僚や役人がいかに多いかということが分かります。官庁に勤める人たちには、槌田さんの本を読んで一からエントロピーの法則を学び直してほしいものだと思います。エントロピーの法則は難しいという人もいますが、覆水盆に返らずなど感覚的に理解できることも多いと思います。

IAEAの調査を拒否する日本政府の不透明な体質

気なる記事があったので紹介します。IAEAは「地震による原発被害の情報を共有する目的で、調査団を同原発に派遣する用意があると表明」したそうです。


これは「自力で原発事故に対応できない場合に支援する「原子力事故援助条約」に基づいて、調査団を送る考えを日本側に示していた。 」とのこです。


しかし、日本政府は「被害が甚大で受け入れる余裕がないとしている。」とあります。 これは「自力で原発事故に対応できない場合に支援する」とのIAEAの調査団の方針と矛盾するいいわけです。「被害が甚大」だからこそ、受け入れなければならない気がしますが、外には出せないほどひどい有様なのだろうか。


IAEAの柏崎刈羽原発調査 政府「余裕ない」と断る
http://www.asahi.com/national/update/0722/TKY200707210365.html

IAEAの調査受け入れ

上記、コメントの訂正です。IAEAの調査を受け入れることになったようです。

柏崎刈羽原発のIAEA調査 政府、受け入れ決定
http://www.asahi.com/national/update/0722/TKY200707220329.html?ref=rss

5分で伝授できる「ニセ科学」対策
http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_48b0.html

類型思考(パターン化)の罠

ふまさん、サイトの紹介ありがとうございます。
私はニセ科学の見破り方に定型やマニュアルなどはないと思います。むしろ類型思考的な偏見や権威主義などをうまく利用したのが「科学」をうたい文句にしたニセ科学なのかもしれません。


もちろん知識としてニセ科学にはどんなものがあるか知っておくだけでだいぶ違うと思いますが、自分でそれを見分けられるかどうかは、正直なところ、よっぽど科学に精通している人でも分野が変わればコロッと騙されることもあると思います。

私もむかしはよくニセ科学に騙されたこともありましたし、そのような経験を通してニセ科学と科学の違いなど感覚的に理解する部分もあると思います。詐欺などは欲に目がくらむと引っかかりやすいなどと言いますが、ニセ科学にも健康や将来に対する不安や恐怖を煽り、それを利用するなどといった心理的な側面があるのかもしれませんね。


このブログはもともと社会科学の中に潜む疑似科学を調べるという感じで、そのときはポパーの反証可能性などは非常に役に立ちました。しかし、最近のビッグサイエンスを見ていると、どうも政治が介入したために、政治や社会的な要請で仕立て上げられた「社会的構築物としての科学」が隆盛しているように感じています。これは「自然科学のポストモダン化」とも言えるかもしれません。


警察の場合は泥棒などの犯罪者を捕まえるのが仕事ですが、社会学者は社会に目ぼしい問題がない場合、対象とするテーマの見栄えがするようにマッチポンプを行い大問題かのごとく装うこともあると思います。最近の科学者もこれと似たようなところがあり、予算獲得のためにとりあえず大風呂敷を広げておけ、みたいな風潮があるようにも思います。


「恐怖一定の法則」といいましょうか。いつの時代も危機は叫ばれており、それは核戦争だったり、ノストラダムス、Y2K、そして昨今はテロや環境問題と、危機や恐怖の姿かたちは変われども、いつの時代になっても無くならないのかもしれません。バリー・グラスナーの「恐怖の文化」やマイケル・クライトンの「恐怖の存在」などは、恐怖や不安を煽ることで、それを消費に結びつけようとする現代社会の病理を指摘しているのかもしれません。こういう時代には落語の「まんじゅうこわい」でも聞いてすごすのも一興かも(笑)。
プロフィール

TheorySurgery

Author:TheorySurgery
社会科学と疑似科学の際どい境界線を探りながら、文系と理系の学問の乖離やらを考えています。分光学を視点として温暖化懐疑論も展開してます。

温暖化論を学ぶための入門用ホームページつくりました。↓ ご意見承ります。
| HP | BBS | MAIL|
コメントの返事は遅めかもしれませんが、コメント、トラバ、リンク、議論など、できるだけ対応します。

最近の記事
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

ブログ内検索
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ
Favorite song

・Jeff Beck & Jennifer Batten
What Mama Said
・The Black Crowes
Remedy
・Jimi Hendrix
All Along the Watchtower
・Jeff Buckley
Grace
Mojo Pin
・Yardbirds
幻の十年
・Arctic Monkeys
A view from the afternoon
・Jefferson Airplane
White Rabbit
・Beatles
Helter Skelter
・Bad Company
Wishing Well
Joe Fabulous
・Cream
I Feel Free
Crossroads
・Montrose
I Got the Fire
・Eric Clapton
Forever Man
・AC/DC
Dirty Deeds Done Dirt Cheap
・Johnny, Louis & Char
Finger
・Rock'n Roll Standard Club Band

QRコード
QR
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSフィード
管理人ホームページ

マスコミに踊らされないための地球温暖化論入門
温室効果ガスの分光学:励起状態ダイナミクス
水蒸気フィードバックと気候感度の妥当性
コンセンサスとは
お勧め図書

管理人掲示板

Eco-logical is non-logical:BBS

World Climate Widget
温暖化懐疑論サイト

『環境問題』を考える
思えばバカな企画だった
ひと味ちがうリンク集
温暖化は進んでいるか
いわゆる「温暖化防止」の罵倒論
地球温暖化は人類の責任ではありません

太陽活動と気候の関係
太陽関連

ひので(SOLAR-B)
ようこう(SOLAR-A)
SOHO (探査機)
宇宙天気ニュース
太陽地球環境研究所
「太陽」に関連したホームページ
J-STORE(明細:黒点数の予測方法)
宇宙の科学 第3章 太陽
The Sun in Motion

温暖化関連
環境団体とか

反捕鯨団体あれこれ
動物保護運動の虚像
クジラ戦争30年
World Hunger: Twelve Myths
ゴールド・トーマス『地底深層ガス』

リンク
フリーエリア

環境問題が解決しないのは、何で?
オーロラの旅
日本の古本屋
オンライン書店比較サイト
The Internet Journal of Vibrational Spectroscopy
Science和文要約
Nature Asia-Pacific
サイエンスポータル
日英・英日機械翻訳(科学技術分野)
エキサイト翻訳
Yahoo!翻訳

疑似科学など

「科学とニセ科学」レジュメ(ver.2)
疑似科学批評(マイナスイオンその他)
ブレジンスキー 『大いなる失敗』
Skeptic's Wiki
OPEN UNIVERSE of the Japan Popper Society
懐疑論者の祈り

最近のトラックバック
MUSIC LINK

脳みそサラダ外科

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。