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環境ファシズムによる抑圧体制

政治の道具にされた科学

真実がどこにあろうと議論が抑圧されているのならば、それは真実から遠ざかることになるだろう。そして、地球温暖化論はすでに政治的な思惑により、捻じれに捻じれてしまった。議論が抑圧されているという声はあちらこちらで聞こえるので、それらを集めてみた。まずは、小説だが、マイケル・クライトンの「恐怖の存在」から引用する。
付録Ⅰ 政治の道具にされた科学が危険なのはなぜか

『地球温暖化理論が優生学と同類といっているのではない。だが、それぞれの構図に見られる共通点は、けっして表面的なものにとどまらない。わたしが注意を喚起したいのは、データと問題のオープンで率直な議論が抑圧されていることである。指導的な科学雑誌は、地球温暖化を支持する立場をとってきた。現状では、温暖化に疑念を持つどのような科学者も、ここは口を閉ざしておくことが賢明であると理解している。


 議論が抑圧されている証拠のひとつは、地球温暖化を率直に批判する者の多くが、引退した教授であるという事実だ。彼らはもはや研究補助金の心配をする必要もないし、下手に批判して同僚が補助金をもらえなくなったり出世できなくなったりする心配をする必要もない。』



死への脅迫メール(宗教になった地球温暖化論)
2007年3月11日付の「Sunday Telegraph」に、『人間以外に地球温暖化の原因があるという科学者達に「死への脅迫メール」』が送られているという記事が掲載された。
2007年3月11日付の「Sunday Telegraph」


『人類が地球温暖化の原因であるとする説に反対している科学者達は、「殺してやる」との脅迫メールを受け取ったり、科学者達のコミュニティーから疎遠にされているとの問題が起きている。彼らは、地球温暖化に関する討論は、パワフルな政治家や科学者、及び自然保護派の連中によって完全に乗っ取られてしまっており、二酸化炭素排出が及ぼす地球への真の影響についての質疑などはとてもできる雰囲気ではないといっている。


ティモシー・ボール教授(Timothy Ball、カナダ/ウィニペグ大学元気候学教授)は、人類がどの程度地球温暖化に影響を与えているのかとの疑問を発して以来、すでに5通の「死への脅迫」メールを受け取った。 その中の一通には、「このまま温暖化について発言し続けるなら、将来の地球温暖化の姿を見ることなく命は消されるだろう」と書かれている。


「欧米諸国の政府は、この分野の仕事と研究所の為に何十億ドルもの金をつぎ込んだ。それが脅かされると感じているのかもしれない」と彼は語った。


「すべての科学者は懐疑論者であるべきなので、私は懐疑論者と呼ばれることについては一向に構わないが、彼らは私たちを"否定論者"と呼び始めた。"ホロコースト否定論者”と呼ぶときのあの"否定論者”と同じような呼び方で。全く不愉快な気分にさせられる」と述べた。


先週、ボール教授は、Channel4のドキュメンタリー番組「The Great Global Warming Swindle」に出演。この中で彼のほかにも数人の科学者達が、人間が地球温暖化をつくり出したとする理論が「宗教」になったと主張。他に原因についての解説は無視するように強制されているような雰囲気があると述べていた。 』



これについては次のブログも参考にされたい。
blog.鶯梭庵 地球温暖化の嘘・その5


An experiment that hints we are wrong on climate change-News-UK-TimesOnlineより引用

『Twenty years ago, climate research became politicised in favour of one particular hypothesis, which redefined the subject as the study of the effect of greenhouse gases.
20年前、温室効果ガスの気候に対する影響の見直しを迫る意見が、政治的な意図を持って賛成されました。


As a result, the rebellious spirits essential for innovative and trustworthy science are greeted with impediments to their research careers.
それ以後、信頼できる科学者達の反論は、研究費用の削減や経歴への障害などで封じられました。


And while the media usually find mavericks at least entertaining, in this case they often imagine that anyone who doubts the hypothesis of man-made global warming must be in the pay of the oil companies.
そして、メディアがそのような少数意見に興味を示すまでは、人工地球温暖化の仮説を疑う者は誰でも石油会社に雇われているのだといった、嫌疑をかけられてきました。


As a result, some key discoveries in climate research go almost unreported.
その結果、気候研究のいくらかの鍵となる発見は、ほとんど報告されなくなります。 』



環境問題を考える CO2地球温暖化説は科学ではないより引用)

『このような状況を作り出した背景には、日本における既成の学会組織がCO2地球温暖化仮説を否定するような論文を権威によって握りつぶすという異常事態がその一因となっています。明日香によると『CO2温暖化問題で過去2003年までに928件の論文があり、その中には1件も批判論文はない』ということです。


これは批判が無いという事ではなく、閲読段階で握りつぶされている結果なのです。私が個人的に知る限りでも、槌田によって環境経済・政策学会や物理学会に対して再三論文の提出が行われていますが、まったく自然科学的な理論以外の理由で握りつぶされてきたのです。』




(広瀬隆著「燃料電池が世界を変える」から引用)

『 九二年にブラジルのリオデジャネイロで開催された地球サミットにおいて、地球温暖化防止条約が締結されてから、突如として、二酸化炭素悪玉説が固定された経過に疑念がある。同会議の議長をつとめたブラジル環境長官ゴルデンベルグは、同国トップの原子物理学者であり、この会議以後、世界中の原子力産業が「二酸化炭素による地球の温暖化説」 を引き合いに出して原子力推進論を展開するようになった。


もともと二酸化炭素温暖化説は、地球環境を守るという目的で出てきた考えであるから、チェルノブイリ事故などでそれ以上に地球環境を破壊している原子力でエネルギーを代用するという考えは、基本的な出発点を誤っている。 したがって二酸化炭素悪玉説は、人類を危険な道に連れこむ可能性が高い。要注意である。』

 
ゴアのトマホーク映画・環境プロパガンダ

地球温暖化論はしばしナイーブな感性に訴える。終末論的な未来を暗示し、カルト宗教への勧誘へといざなうかのように。アル・ゴアはパフォーマンスの巧みな政治家である。ゴアの「不都合な真実」という環境プロパガンダ映画に感銘を受けた人もいることだろう。これで環境ファシズムという名のカルトへの入信は完成だ。後はヒステリックに異端者を糾弾するのみだ。


ところで、クリントンがモニカ・ルインスキーとの不倫で非難されていたときに、アル・ゴアはイラクにトマホーク・ミサイルを撃ち込み、世論の注意を誤魔化そうとしてた。さながらゴアの映画はあのときのトマホーク・ミサイルのように世論の注意を誘導することができただろうか。


クリントンはFBIに指名手配されていた国際的な鉱物資源マフィアであるマーク・リッチを赦免したことがある。そのマーク・リッチからは当然のごとくアル・ゴアにも活動資金が拠出されていた。マーク・リッチはメタル・トレーダーとしても有名のようで、彼の扱うレア・メタルは代替エネルギー開発には欠かせない材料となっている。


環境問題には莫大な利権が絡むからゴアの族議員としての働きを評価する向きも当然のごとく出てくる。アル・ゴアの親父であるゴア・シニアも地球温暖化防止に熱心な政治家だったようだ。しかも、ゴア・シニアは「地球温暖化防止」のためと称して原発推進キャンペーンを行い、核兵器開発も推し進めてきた。これは地球温暖化防止が原発推進のプロパガンダと言われる所以であり、裏づけとなるものだ。

オルタナティブ通信: ゴア元副大統領の映画「不都合な真実」の不都合な真相


Scientific Americanから脅迫を受けるロンボルグ
日本では「環境危機をあおってはいけない」で有名なロンボルグは「Climate hysteria(気候ヒステリー)」という記事を書いている。その副題にはこうある『ジャーナリストはこれまで以上により恐ろしい災害を予測しなければ、どんな最新の報告も十分ではないと信じているようである 』。
Björn Lomborg, Climate hysteria


ちなみにロンボルグは「Scientific American」誌(日経サイエンスは日本版)から、著作権侵害で脅しも受けているようだ。これは「Scientific American」紙上で、ロンボルグとそれに対する反論者による記事が掲載されたが、それではきちんと反論ができないので、ウェブページにもとの批判文を引用して逐一反論したところ、Scientific Americanに、著作権侵害で訴えられたとのことだ。裁判という手段で言論弾圧を行うメディアは卑怯である。
山形浩生勝手に広報部:部 室
Scientific American Threatens to Sue Bjorn Lomborg for Daring to Defend Himself. Now They Threaten Greenspirit, Too


メディアはいつの時代もセンショーショナリズムにおかされているから見る人の目もある程度養われていないと簡単に騙され踊らされてしまうこともある。環境問題に関する異論・反論を認めない風潮は、危険なファシズムの兆候である。環境問題が絶対正義になった途端に、天災よりも遥かに恐ろしい人災が降りかかってくる予感がしてならない。


環境団体へと衣替えをする日本の新左翼

日本には「ブント」という環境団体がある。しかし、もとは「共産主義者同盟(戦旗日向派)」でありバリバリの新左翼だ。新左翼は「赤から緑へ」の流れで、少なくない数の環境団体の出自が新左翼からの転向だったりもする。環境団体に対しては常にイデオロギー的な留意が必要なのはこのためだ。


急いてはことを仕損じる
環境ファシズムが長じて原始共産主義への退行が起これば、毛沢東の下放政策やポル・ポトの惨劇を繰り返すことになるだろう。自然崇拝は下手をすれば、文明を滅ぼす原動力ともなるのだ。しかし、北朝鮮のコッチェビや無人島での暮らしを想像して欲しい。文明人が野生で生きるには余りにも脆弱すぎる。自然や天然を愛でる事ができるのも文明あってのものだ。


(Earth Commission for Thermostatic Control 温暖化を理由に世界をコントロール)

共産主義に代わる宗教:温暖化対応

『チェコの大統領が先日アメリカ上院で証言を行い、温暖化を戦う運動は共産主義に代わる宗教だと証言した:http://www.signonsandiego.com/news/world/20070321-0538-czech-environment-.html』


『リベラルの方々が温暖化論を科学を無視してまで推し進める理由が元共産国の大統領が明らかにしています。


”危機”ではない。しかし、”危機”がなければ”革命”は推し進められない。 』



環境省による異端審問
温暖化否定論に“待った”、環境省が反論へ

『二酸化炭素(CO2)が引き起こしているとされる地球温暖化を否定する声に対して、環境省は、国内の研究者の知恵を結集して反論していく方針を決めた。



 「温暖化を疑問視する主張は誤解に基づくものが多く、見過ごせない」と判断した。年内にも同省のホームページで情報発信する。


 産業活動に伴って排出されるCO2などの温室効果ガスが地球を温暖化させていることは、国連などが世界の科学者を集めて組織した「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」などで指摘されている。一方、「20世紀の気温上昇は都市化に伴うヒートアイランド現象のためで、CO2は無関係」など、CO2による温暖化自体を否定する声も一部の研究者の間で根強い。


 しかし、都市化と無関係の海洋でも温度上昇が確認されているなど、温暖化否定論は事実誤認の場合もある。同省はIPCCに参加する国内の研究者約30人の協力を得て、温暖化否定論を検証していく。同省研究調査室は「CO2削減が待ったなしで求められるなか、温暖化への疑問に丁寧に答えていきたい」と話している。

(2006年8月26日14時38分 読売新聞)』

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共産主義に代わる宗教:温暖化対応

温暖化軍事政権をもって…

comment

Secret

CO2温暖化説の似非科学性についての3日連続の論文

 本日昼過ぎから時間をかけて読ませて戴きました。お見事です。
 よく吟味されており、興味深く読ませて戴き、大変参考になりました。
 やはり、このくらいしっかり調べて吟味して書かれた論文は、読み応え十分です。

 近藤邦明さんも今年の冬に脅迫メールや書き込みをしつこく受けて、書き込みコーナーを閉鎖してしまいました。
 CO2温暖化論のほうが圧倒的主流なんだから、ちゃんと反論すべきところを、彼らは議論で負けるから脅迫したり誹謗中傷する訳です。シミュレーションとか、どっかから引っ張り出してきた変な論文を使っての反論までしなければならない訳ですから、ちゃんと説明出来ないのでしょう。中世の魔女狩りや現代のカルト集団のようです。

 エコファシズムと言う言葉は、槌田敦氏も使っている言葉で、彼の説明も簡潔明瞭です。著書、[CO2温暖化説は間違っている]の最後の章の
 『エコファシズムの時代』
 は、TheorySurgery氏 の今回の議論と共通する考え方の部分がかなりあります。
 
 TheorySurgery氏のおっしゃる通りこんな環境ファシズムのある現代社会は、かなり抑圧された、科学的にも野蛮な社会なのだと感じる今日この頃です。

ところで、ロンボルグ氏の 
 『環境危機をあおってはいけない』
は、読まれたでしょうか?
 私は、本屋で興味ある部分をざっと立ち読みして、購入しませんでした。他に優先で読もうとした本が何冊かあったからそのあと検討しようという事もありますが、賛成できない部分もあったからです。
 温暖化脅威説の部分は、彼の主張が妥当かと思いますが、食糧危機や森林伐採等に関する彼の統計論法は、数学的統計手法過ぎて、生物的アプローチなどが足りないと感じました。
 ロンボルグ氏は統計学者です。私も統計学は、非常に好きなのですが、環境問題は、統計的傾向では把握しきれない部分が沢山ある筈です。
・・・などと論じらせて戴きましたが、本屋さんの店頭で拾い読みした程度ですから、まだ彼と本書を評する段階ではありません。・・・いつか、しっかり読んで考察(反論)致したいと考えております。・・・でも、私の先入観通りだったら、あの高い本を購入するのはちょっと癪です(笑)。

 『無人島での暮らし』までは確かに戻りたくありませんが、持続可能な循環型社会までは、自然と共生する社会にならなければなりません。
 
 共産主義は、お嫌いですか?
私は、持続可能な社会は、ある程度は社会主義的な発想でないと駄目かと考えます。例えば土地の個人所有だとか・・・キューバは、ある程度理想的な社会主義でしょう。
 現代の格差社会は酷すぎます。・・(って中国などは日本よりもっと酷い格差社会に感じます)

 



 

ロンボルグも擬似科学でしょうか?

  
 アル・ゴアの不都合な真実の不都合な真相は、お粗末でとんでも御座いませんね。もう少しはましかと思っていました。
 一方、この前のコメントに書いたとおり、ロンボルグの「環境危機をあおってはいけない」の統計的手法も、似非科学の可能性を秘めている感じが致します。

繰り返しになってしまいますが、「環境危機をあおってはいけない」は、まだしばらく読む予定は有りませんが、こっちはこっちで似非科学の香りが・・・・・・如何でしょう。

環境ヤクザの恫喝戦略に対する盾

恫喝はヤクザの専売特許ですが、環境団体の中にも危機を煽る余り、環境ヤクザに成り下がっている団体もちらほら見受けられます。そのような恫喝に対してロンボルグの本は盾の役目を果たすと思います。もちろん、全てを鵜呑みにするのは危険ですが、訳者あとがきには、鵜呑みにすることや楽観論に用いられることに釘を刺したりして、バランスを保とうという意識は感じられました。


私も昔は、「暮らしの安全白書」とかいう本を読んで、食品に用いられる化学物質に過敏に反応するようになったこともありました。明太子は無着色で発色剤を用いていないものがいいだとか、牛乳は低温殺菌がいいだとか、とにかく山ほどありました。その後、サプリメントにはまったこともありました。


そんなこんなで健康や環境といった嘘や誇張にまみれた商売や情報の中に身をもって体験し踊らされてきました。さすがに今ではいろいろな情報に触れることで、少しはバランスが取れるようになりましたが、踊らされた原因の一つに科学に対する信頼があったと思います。私は科学は大好きですし、こんなに知的好奇心をそそるものは世の中にそうはないと思います。しかし、だからこそ、科学をまとった嘘の情報は人を惑わせる力も限りなく強いものがあると思っています。


そんな中でこういう本があってもいいと私は思います。とくに、嘘が蔓延している世の中には、統計は一つの武器になりうると思います。もちろん統計学にも限界もあると思いますが、彼の主張に間違いがあればその情報のソースにたどることが出来ますし、3000近くにものぼる参考文献のおかげで資料的価値も高まっていると思います。ただ、なにせ大著なので、私はほとんど目を通せていませんし、これは一から読むというよりは、やはり資料として用いる類の本になるのかもしれません。

統計的手法

 統計的手法は私の大好きな部分でもあるので、ちょっと拘わらせて戴きます。

 こういう本の存在に関しては私も否定は致しません。でも、コアな環境運動者のみを対象にもっと地味に出して欲しいものです。(って無理ですが・・笑)

 統計的手法のまやかしは、例えばバブル経済時の株価や地価などの予想に如実に現れています。
 バブルが始まってから、株価が年何%で伸びてきたからこのまま伸びるという単純思考の予測です。それに多くの人々が踊らされて、投資して借金を背負いました。(自業自得でしょうが。・・)
 当時の証券マンや銀行マンは、決して騙した人ばかりでなく本当に信じていた人も多いでしょう。実はバブル経済は、ドーピングのような経済だったのですが・・。

 それと同様で、現在のドーピング社会は、統計的に食料が十分あろうと資源が不足してなくとも、それが続くという発想は間違っています。(ロンボルグがそうしているかどうかはわかりません。)こういう部分には統計だけではない科学も必要です。・・・こういう本の危険性は、タイトルだけで環境問題は大丈夫と考えてしまう輩が多いことでしょう。バブル経済のときのように・・

 それに、日本を考えた場合、環境危機を煽り過すぎると言うよりも、無関心な人のほうが圧倒的です。そこにこんなタイトルの豪華装丁本を出された日には、能天気な日本人は、今の持続不可能な生活を改めないではないですか!!

 私がロンボルグを気に入らなかったのは、逆に宗教の教祖様のような、言い方だったことと(見出しを付けた出版社のせいかも知れません。)本の値段がむちゃくちゃ高かった事(5000円くらい・・・なら文庫版出せ!・・と言いたい・・笑)です。

 まあ、いつかロンボルグは中古で手に入れて読んで、反論を書きたいと考えています。

 
 PS 
 疑似科学って大きな興味深い分野ですね。このHPで最近気づきました。

エコロジーの行き先・共産主義以外の方法を求めて

なるほど、雑草Zさんの懸念するように楽観論に傾きすぎてしまうのではないかという懸念はもっともなことだと思います。ただ、私はいろいろな意見が交わされることこそ、もっとも大事なことではないかと考えています。賛否両論、喧喧諤諤にできる国であって欲しいと私は考えています。


雑草Zさんみたいに批判的に検討してやろうという気概のある人にとっては、ロンボルグの本はなんら脅威ではないと思います。その一方で、物事を何でも鵜呑みにしてしまう人がいるのもまた事実ではありますが、議論自体は大いにやった方がいいと思います。


恐怖によって統治する方法はしばしときの権力者によって行われています。しかし、人は恐怖にとらわれたとき、冷静な判断は失われ思考停止に陥りやすいものだと感じています。そこに、言い過ぎになるかも知れませんが、私はファシズムの兆候を感じ取ってしまうのです。


今の時代の空気というものにみんなが飲み込まれている中で、気概を持った連中が増えるのは喜ばしいことだと思います。マイケル・ムーアの映画「ボーリング・フォー・コロンバイン」では、マリリン・マンソンの主張がとても健全なものに受け止められましたし、デーモン小暮閣下の相撲や世間を見る目は歌舞伎者ならではの優れた洞察力を感じます。


ロンボルグの本のタイトルは、『The Skeptical Environmentalist』で懐疑論的環境主義者とでも訳せましょうか。日本では武田邦彦の「リサイクルしてはいけない」など、否定形のタイトルの方がどうしても目に留まりやすいのかもしれません。出版社の意向や消費者の意識を考えると、ある程度、目を引くタイトルになってしまうのはしょうがないのかもしれません。ただ、環境問題をよく考えている人ほど今の環境運動の現状に欺瞞を感じているという点では日本も海外も代わりはないと私は感じています。


迷走しがちなエコロジーの問題について、そのうちイデオロギーとも絡めながら考えたいと思っています。エコロジーの源流をたどると、そこにはどうしても原始共産主義や農本主義といったものの影を感じざるを得ません。イデオロギーの罠に陥らないような手引きとなるエコロジーのあり方がこれからますます重要ではないかと考えています。


まずは下記の資料などを参考にしながら、エコロジーの行き着く先がどうなるのか注意していきたいと思います。市場経済などの問題も含めるとエコロジーの問題は経済学やその他の思想などの周辺領域を含め、21世紀の大問題と見ていいのかもしれません。
( http://homepage3.nifty.com/martialart/bramwell.htm )
(http://d.hatena.ne.jp/demian/20060516/p1)

原始共産主義や農本主義

 なるほど、
TheorySurgeryさんのおっしゃるとおりCO2温暖化論が、世界のファシズムになる可能性は否定出来ませんね。
 おっしゃるように、時代の空気というものにみんなが飲み込まれていると言う事は、いつの時代もあることですね。

現在の日本のエコファシズムは、
やはりCO2による地球温暖化を止める為と言う名目で推進されている
原子力 や CO2地下貯留計画 や カーボンニュートラルという名目でのバイオマスエネルギーとかでしょうか?
 リサイクルと言う名目の消費拡大も酷いものがあります。
 しかし、日本人は、それよりも無関心な人が多数です。
 エコファシズムと言うよりも寧ろ、
 「無知無関心の中で、勝手な名目で騙して滅茶苦茶する」
 と言うべきではないでしょうか?


 どうあれ、現在の環境問題で切迫するものは、
CO2温暖化などどいう不確かな似非科学ではなく、人口爆発、砂漠化などによる食料問題と原子力でしょう。結果としてこれらを推し進めるファシズムが台頭したら危険でしょうね。


 最後にご紹介の資料のHPを見せて戴きました。ドイツのナチによる環境対策は、ユダヤ人の虐殺とセットで批判されていますが、本来は別々の発想でしょう。それ自体は批判ばかりされるべきものではなく、賛同出来る部分も多いと感じました。
 
 今のところ
 原始共産主義や農本主義
しか持続可能な社会が可能でないのならば、そうしてから考えるべきでしょう。
 つまり、言うところの
 「ディープ・エコロジー」ですか。

『Hatena Diary』も
 『エコロジー-起源とその展開-』
も、賛同出来ません。肝心な対案もありません。

 ナチスドイツが、エコロジズムを推奨したとか、
 ポル・ポトが大衆を農場に移転させたとか、そういう例で否定するのは、ネガティヴキャンペーンのようです。
 それぞれの本質とは切り離して考えるべきです。

「現在の地球上の五十億もの人口を養うことができるのは、自然な農法によってではなく、機械を用いた大量生産技術によってである」
って言い切れるところがかなり軽率です。どういう根拠なのでしょうか?それこそ現在の統計データだけでしょう。

 それは、ドーピングのように反動が来るのです。同じ農地で農業人口を増やして有機農業は可能です。50億でも養えるでしょう。しかし、何より、一時的な食糧増産で人口が増えると言うのが愚の骨頂でしょう。その後には必ず飢餓が来ます。

 以上の2つのサイトは興味深い情報も含んで参考になりましたが、論法は軽率で独善的だと思いました。
 ・・と言いつつ私自身農業をやるのはしんどいかも知れません。
 だから、対案があるのなら、それを検討したいとも思います。
 現代の自由主義社会は、あまりに持続可能社会とはかけ離れていて、今世紀中に破綻するでしょう。
 
 

自由主義と共産主義

なかなか核心部分になってきたので価値観の対立も生じるかもしれませんがよろしくお願いします。


私見になりますが、市場経済の欠陥は大量消費による拡大・膨張路線が地球の許容量を超えてしまうのではないかということだと思います。私はその対案について、まだ、はっきりとした解決策を提示できませんが、共産主義でうまくいくかといえばなかなか難しいところがあるのではないかと思います。


暴力革命を認めたり、目的のためには手段を選ばないというレーニンやスターリンの手法や一党独裁とカリスマ的主導者を必要とする全体主義的国家体制は長続きしないのではないかと考えています。


資本主義社会はイギリスの第三の道に見られるような社会民主的な制度を取り入れることで、ある程度、資本主義の欠陥を補ってきたと思います。しかし、それでも不十分なところがあることに変わりありませんが、純粋な共産主義社会というものもまた存在し得ないと思っています。中国の改革開放やベトナムのドイモイ政策など社会主義国家といえども市場経済を導入し、北朝鮮もその例外ではなくなってきていると思います。


近代文明は、自由主義にしろ、共産主義にしても、それは進歩主義というドグマが根底に潜んでいると思います。アメリカは世界中の国に開国を求め、日本も自給自足で暮らすにはもう一度鎖国をするしかないと思います。もう少し現実的には保護貿易により日本の農業を守るといったことも考えられると思います。南米などではアメリカの新自由主義的な政策が失敗し、ベネズエラのチャベス大統領に代表されるように急速に反米左派政権が樹立されているようです。


アメリカや軍拡著しい中国の覇権主義に対して日本も異議を唱える必要はあると思いますが、まだそこから先のヴィジョンが私には見えていません。共産主義に対しては一人のカリスマ的主導者に国家の命運をゆだねてしまうことに大きな脆弱性を感じます。私はこの近代という歯車が回ってしまった以上、そのレールの上でしか可能性を考えることしか出来ないのではと思っていますが、もう少し勉強して検討する必要があるとも感じています。とにかく、それぞれのイデオロギーの欠陥が十分に克服された未来であって欲しいと思います。抽象的な話になってしまって、もうしわけない。

私もそこから先のヴィジョンはよく見えてません

 ここのところのTheorySurgeryさんの述べているところを見直すと、より世界情勢を把握し現実に即しているものだと感じました。私のは理想論に走っています。(苦笑)
 国際政治社会などについては、TheorySurgeryさんの豊富な知識には、脱帽の部分がかなりあります。
 ここの部分は、抽象的にしか私も話せません。具体的で十分実現可能な対案を示せたら、世界の救世主です。(笑)

>私見になりますが、市場経済の欠陥は大量消費による拡大・膨張路線が地球の許容量を超えてしまうのではないかということ

 ですが、私は地球の許容量を既に超えているかとも考えます。超えているから、ドーピングのような状態で平静を保とうとしつつ破局に向かっていると考えてしまいます。

  TheorySurgery氏のご指摘のように、
>近代という歯車が回ってしまった以上、そのレールの上でしか可能性を考えることしか出来ないのでは
 と言うのも、なるほどごもっともです。
しかし、
 滅びるか・?  原始共産農本主義か・?
 という究極の2者択一の場合
原始共産農本主義に戻るしかないでしょう。
 それに、それは現在多くの人が考えているように非常に棲みにくい世界ではないと考えます。

 そこまで極端ではなくとも、かなりの程度制限された自由主義、 TheorySurgeryさんのおっしゃるところの、
「イギリスの第三の道に見られるような社会民主的な制度」
をもっと徹底させた制度と自然農法と、環境破壊の事業を制限して職種を絞る事・・などの程度によって、持続可能な社会の達成を模索する必要もあるかと考えます。
 本気で人類の存続を考えるときが来れば、そういう模索をするときが来るでしょう。
 
 余談ですが、現在共産主義で一番上手く言っているのはキューバではないでしょうか?

 

いいとこどりの柔軟性

キューバの現状についてはまったく知りませんが、有機農法などに見習う部分があれば日本もとりいれることを検討してもいいかもしれませんね。


ただ、農業となるとその土地ごとの風土や気候といった固有の条件をよく踏まえた方がいいのも確かだと思います。うちでも農薬は初めの小さいうちに少しだけだけ添加するとかいうことはやってました。肥料も昔ですが人糞も使っていました。


今はそういう臭いとか汚いという仕事に対して、どれだけの若者が賛同を持ってできるか結構悲観的に私は見ています。どこの田舎も過疎化しており、年寄りが日本の残された農業をどうにか維持しているだけです。


日本では最近になって民間企業の農業への参入も少しづつ行われるようになってきたみたいですが、私には何がいいのかよくわかりません。ただ、雑草Zさんとの話で改めて日本の農業を見直すきっかけになりましたし、もう少し農業の可能性というものを考える必要があるなと感じました。


うちは昔は自民党だったようですが自由化に伴い赤旗とかをとるようになりました。ただ、私には共産主義という理念には大きな欺瞞があると考えています。もちろん、民主主義であろうが何であろうが欠点ががあることは重々承知していますが、マルクスの理念である平等主義というのは物理的に不可能であり、それを現実の世界に当てはめるに当たり大きな矛盾が起こるのではと考えています。どの国でも少数の代表が政治を行うことに変わりはありませんから。


マルクスが会議を開いていたときも、ゴアが環境を語るときも言葉と行動が伴ってはいないのです。私は嘘(矛盾)が一番少ないイデオロギーがましではないかなという気がしています。封建主義などは進歩主義史観からは前近代的だとレッテルを貼られ厳しく非難されていますが、日本の開国以前に戻るならば、あながち捨てきれない制度かもしれません。もっとも不勉強なのでどの制度がいいとかは一概に優劣も付けらないといったところが私の心情に一番近いものです。

主権国家は食料自給出来る事

 TheorySurgery さんのおっしゃるような環境ファシズムと呼べる最右翼はCO2温暖化説ですね。スーパーコンピューターを使った都合のいいシミュレーションでこけ脅ししていますね。逆に言えば、コンピューターシミュレーションにしか根拠を任せられない似非科学と言う事になりましょうか。 
 
 環境ファシズムのCO2温暖化などという原発の為の似非科学にうつつを抜かしている間にも食糧危機は迫っています。

日本は、これからゼネコンの変わりに農業を過剰なくらいに保護すべきだと思います。特に小農を。


 愚かな少子化対策の代わりに、若い人たちに農業が魅力あるように多くの対策をすべきです。
 

 

計算できるものとできないもの

少なくとも、IT系よりも農学校の方が尊敬できる国であって欲しいですね。なんだかんだいって、農家は偉大ですよ。大勢の人の胃袋を支えているのは、そういう農家や漁師あるいは畜産業だったりしますから。そして何より地に足の着いた生き方の力強さは他の職業にはないものがある気がします。常に自然と対話しながら働くのですから。


衣食住は人間の基本ですし、衣食足りて礼節を知るという言葉もあります。文化や人間らしさは余裕がなければ、すぐに厳しい生存競争の中で忘れ去られてしまうでしょう。


コンピュータで未来を占うことは本来非常に危険性を伴っていることをもっと計算屋には自覚を持って欲しいですね。カール・ポパーは「歴史法則主義」の危険性について警告しましたが、まさか科学の中から歴史法則主義的な発想が蔓延しているとは夢にも思いませんでしたから。


あくまでシミュレーションなんだっていう留保があればいいですが、90%以上の確率でといわれた日にはあいた口がふさがりません。日本では学校で倫理も哲学も余り教わった覚えはありませんが、科学を従事する人には厳しい倫理と科学哲学の必要性を強く感じています。

全く統計的でない90%

 最近農学部は人気です。ひと昔前までは、農学部は理系で一番入りやすい学部でしたが、現在はかなり人気があり、難関になってきています。ただ、薬学部と同様に、定員が工学部ほど多くない事も影響している部分もあるでしょう。
 兎も角農学部は人気でいいのですが、農業研究者だけでなく、実際農業に携わる人々が増えてほしいものです。農業に関しては、完全に保護すべきですね。政府は保護すべきものを間違っています。

 90%以上の確率でCO2温暖化は正しいと言っている連中は、もはや科学ではないですね。・・・はじめから科学ではありませんが・・・統計的検定での90%とは全く意味が違います。第一そんな予測の的中率を調べたことはないわけですから(あっても全然当たってないから、そのデータは隠蔽されているでしょう。)標準偏差も確かめられてないわけで、統計的手法の90%ではありません。

 (プロパガンダによる洗脳の結果)90%以上の人がCO2温暖化説を信じている・・・と言うだけでしょう。
 あとは、単なる思惑で出した数値ですね。
 なんでこんなに強引な非科学的な手法を使うのでしょうね。科学的理性のある人だったらみんな引きますよね。
 疑似科学であることを自ら露呈することばかりやっています。

 

普通、科学の論文にはmayやmaybeなんて単語、そこらへんに使われてますよ

実験で得たデータとそこから考えられる考察はきちんとわけて考えるべきで、
普通、論文は
序説→研究内容→データ→考察

とデータと考察は分けられています
で考察の部分にmayやmaybeを使うのです

データと考察をごっちゃにするのはあまりよくないです

で可能性の高さに応じてmayとかmaybeとかcouldとかmightとかをわけて使用し考察するのは
論文では常識になっています

科学者の微妙なニュアンス

mayさん、こんにちは。ほんとその通りだと思いますよ。論文では断定口調を用いることはほとんどないと思います。


それはニュートンの法則のように定説になったもの以外で、しかも最先端の科学に至っては軽々しく断定をすることなど、なかなか出来ることではないと思います。(ニュートンの法則といえども、近距離ではベキ則ではあらわせないのではないかという話もありますし、物理は現時点で漸近的に求められた近似に過ぎないと思います。)


そこら辺の科学者が気を使う微妙なニュアンスに対して余りにも無神経すぎるのではないかという指摘は私も感じていることです。断定口調を使うのは、細木数子やあるある大事典のような娯楽番組だけで結構でしょう(^^)

Most anthropogenic ?

mayさんへ


90%以上という言葉のニュアンスに対しては、アラスカ大学の赤祖父俊一さんも違和感を表明しているようです。
http://www.iarc.uaf.edu/highlights/2007/akasofu_3_07/


上記のサイトから意訳しますと、『メディアは90%以上という言葉に注目するけど、科学者としては「温暖化は“ほとんど”人為起源によるものだ」とされるときに用いられる“ほとんど”にむしろ違和感を感じる。温暖化による変化がもっとも顕著にあらわれているとされる極域の一研究者としての視点からは、自然的原因を無視することはできない』と結論付けています。


最後に、赤祖父さんの言葉を引用しておきます。
I am a critic, not a skeptic. Science without criticism could go astray.

現在の温暖化の原因は人為的なものだけではないと私も考えています。
IPCC第4次報告書についても、、太陽と地球の揺らぎによる温度変化は、人間活動による温度変化の1/5程度であるという結論にされています

英字と日本語を読むスピードが全然違うのでおっしゃるページは後でじっくりよまさせていただきますが、
http://www.yasuienv.net/GWPoliticsTanaka.htm
には
今回の第4次報告書の主張は、科学的な見地から言えば、二酸化炭素を含む温暖化ガスや現在シミュレーションで考慮している事項以外の理由による可能性があることは、まだ否定できないものの、その可能性は10%未満で、温暖化ガスなど現在科学者が考えている原因に責任がある可能性が90%。すなわち、原因がほぼつかめた、というのが、今回のIPCCの第4次報告書の主張だと言える。

とされています

なお私も、もしかしたら、人為的なものはほんとはないんではないかと頭の片隅で可能性を考えていますし疑うこのも大切であると思います。

しかし、二酸化炭素の濃度削減に賛成する理由は、人為起源だけの可能性は少ないのではないか?
(自然起源なら、世界の多数の科学者が二酸化炭素温暖化を支持する理由を合理的に説明できないと個人的に思っている)
ということ

このまま、温暖化を放置していたのなら被害が大きいと予測されていること

温暖化の予防が、エネルギーなどの保全にもつながることから、

の3つのそれぞれの可能性を複合的に考え
二酸化炭素の濃度削減を支持するのです

私は上記の3つが否定される可能性がそれぞれ薄いと思っており、
その3つを複合すると、二酸化炭素の濃度削減の有効性が否定されることは可能性がさらに低まり二酸化炭素の削減はまず役に立つと考えるからです

典型的環境ファシズムの信者

 私は環境ファシズムと言う言葉にかなり抵抗があるのは上のコメントにかいたとおりです。


 もし、TheorySurgery 氏や、槌田敦氏のように環境ファシズムと言う言葉を受け入れるなら
May氏の論法こそ、環境ファシズムに洗脳された多くの典型的市民の発想ではないでしょうか?
May氏の3つの理由は、それこそ、御用学者やマスコミの垂れ流した情報の鵜呑みでしょう。


 先ず、はじめの世界の多数の科学者がCO2温暖化説を支持するのは、研究費が貰えるからと、そう言ってれば当分安心だからです。(否定は大変な作業ですし、もともと人間の能力外のカオスな未来予想ですから、かなり不確実です。)IPCC2000人の総意と言っても、実際報告書を書いたのはほんの数人で、後は黙っている人が大部分でしょう。数の論理に圧倒されるのは、仕方がないかも知れませんが、数の論理は人を騙す常套手段です。
 実際は、気候学者の多くも、不確実(わからない)と思っている筈です。


 2つ目の大きな被害予想も、いい加減さと口裏合わせ的手法です。いい加減というのは、気象はカオスですから、1ヶ月先の予報すら出来ません。(彼らは気象と気候は違うという事を常套手段の逃げ道にしてますが・・・)
 口裏合わせとは、例えば世界各地のスーパーコンピュータの予想。「気候感度」というからくりがあります。
詳しくは猫田白重氏の
「思えば馬鹿な企画だった」に。


 3番目のCO2削減対策は、安部総理も2050年までに現在の半分のレベル・・・などとのたもうてますが、その方法が、CO2排出権の購入だとか、CO2海底地層貯留だとか、効果が疑問で危険なものばかりです。極めつけは原発の利用です。原発はCO2温暖化よりずっとシビアな問題です。


 CO2など温室効果ガスと呼ばれる気体は、確かに赤外線を吸収するから、温暖化効果はありますが、吸収する波長帯は極めて狭いので(共鳴の類)主因とは考えにくいのです。だからCO2温暖化説擁護派は、コンピュータシミュレーションで誤魔化すのです。
「風が吹くと桶屋が儲かる」をコンピュータでシミュレートするわけです。
 地球の温暖化は、人為的でないとは思いませんが、水蒸気のほうがずっと温室効果は大きいし、排気ガス中の微粒子などによるヒートアイランド効果や色々な相乗効果でしょう。CO2など単純に温室効果ガスのせいにして、間違った対策をするのは危険ですし、もっと他の大きな環境問題をおろそかにしてしまう危険も十分あります。


 ”May"とうい表現が90%以上を意味するとは感覚的には違う感じですが、
原文で"May"とか"Maybe"
を使ってようが、マスコミで90%以上とかきたて、日本の関係者も(意図的に)否定しないのはインチキに近いでしょう。
 実験データでなく、かなり不確かな未来予測だからこそ、"May"だろうが"Maybe"
だろうが、論文の常識と言ってしまっては、まずいでしょう。
・・・それはあたかも、科学論文なんて当てにならない眉唾ばかりだと言っているようなものです。
 実際May氏のように90%以上と信じてしまった人がほとんどでしょうから・・。明日の天気予報さえよく外れるのに・・・
 

コンセンサスでは科学は進歩しない

雑草Zさんに代弁していただきましたが、私の考えも似たようなものです。コンセンサスとはいうものの、「不確かである」として退けられた学説が決して少なくないということも踏まえておいたほうがいいと思います。


太陽放射に関する議論はIPCCの報告書においてもなされてはいるのです。その中には気候変動の鍵を握っているかもしれない重要な説がいくつもあります。


たとえば、北極振動と太陽活動との関係や月の潮汐力とエルニーニョの関係など、異常気象と呼ばれる現象と月や太陽活動との関係はここ10年くらいの間に急速に解明が進んできているようです。なんでも異常気象を温暖化の問題と結び付けて考えていると、本質を見失いかねないと思います。


科学はコンセンサスではなく、実験的証拠が一番の価値を持ちます。最先端の研究に携わる人間はいつも孤独です。世界で始めて研究するからこそ科学の進歩があるのであって、あとは再現性などで実証するという作業が大事です。決して、コンセンサスなどという政治の力で決まるものではないと思います。

槌田氏の論文

槌田氏の論文、読んだことありますか?エントロピー学会での発表も含め、まずは基本的な事項から間違っていたことを記憶しています。それを何らの陰謀があるかのように示唆する文章を書くのは、結論ありきに思えます。他の記事が興味深いだけに、このように自分の知っている分野で「つっこみどころ」があると、他の記事の信頼性も低下してしまいます。残念です。

通りすがりさん、こんにちは。学会の発表で間違いが分かったら、質疑応答のときに指摘すればいいだけだと思います。ここで私に言ってもしょうがないので、もし論文を訂正できるだけの力があるのなら、ご自身で新しく論文発表をなさればよろしいかと思います。


私は槌田さんの論文を読んだことがないので、間違いがあれば個別具体的に仰っていただいれば検討もできますが、何の論拠もなくただ間違っているでは話にならないと思います。 何かを指摘する場合は抽象的にではなく、もう少し具体的におっしゃっていただけるとよろしいかと思います。

主流派が抽象的な反論

 私はCO2温暖化説懐疑派ですが、まあ、「懐疑派」と言うのは、槌田敦さんのように「否定派」と言い切るだけの確信はない訳です。でも、CO2温暖化説はあくまでまだ仮説ではないでしょうか?
 不思議に思うのは、CO2温暖化説懐疑派、否定派に反論する人々は、いつも今回の”通りすがり”氏の様に、間違いを具体的に指摘していなかったり、していても抽象的だったり、ただ他のHPを貼り付けたりコンピュータシュミレーションの結果を示したり・・・です。
 酷い奴は、誹謗中傷するだけで、全く反論していません。何故主流派がこんなに低レベルなのでしょう?
 私も槌田氏の論文は読んだことはありませんが、(本に載っているのを多少ありましたか・・)熱力学、統計力学に対する洞察では、同意できない部分もありますが・・・CO2温暖化説に関しては、槌田氏にしっかり論理的に反論している方は見たことがありません。
「お門違いの言いがかり」みたいのばかりなので懐疑派になってしまいます。
TheorySurgery 氏のご指摘のように、「つっこみどころ」があるのなら、それを自分の言葉でしっかり書くべきです。
 
 ”通りすがり”ってHN使っているところが面白いところですが、HNを変えて別人を装っているのでしょうか?
「結論ありき」は、多くのCO2温暖化説擁護派でしょう。

流行とファシズムの境界条件

通りすがりさんが主流派というよりも、付和雷同派とでも言った方がいいのかな。どんな人でも時代の空気に流されやすいものです。それは今から過去を振り返って、「あのときはしょうがなかった」とか言うようなものかもしれません。バブルに踊らされた多くの人はそういうでしょう。


時代の空気に流されていることに気づくのは大変なことだと思います。気づいたときから、流れに逆らい続けることにもなりかねませんから。「時代の流れ」や「空気」に踊らされないためには、なるべく納得するまで自分で考え、思考を放棄しないことだと思います。


ただ、日々の忙しい生活の中で、ゆっくりと考える時間がなければ、むべなるかなといったところなのかもしれません。誰しも流行に乗り遅れて、時代遅れにならないようにと、必死に空気に流されることをむしろ望んでいるのかもしれません。


私も空気に逆らい、自分なりに懐疑論を勉強するのはそれなりの労力を必要としました。まだまだ、勉強不足で自然や環境の仕組みの事なんかとても分かった気にもなれませんが、自分が如何に知らないかということぐらいは少しだけ把握できたと感じています。

>日々の忙しい生活の中で

 確かに日々の雑事の中で、マスコミや「権威」の垂れ流しの情報は信じてしまうことが多いですね。
 かく言う私も去年の今頃までは、CO2温暖化説は、特に疑問もなく、かなり憂えてました。May氏と同じようなもんでした。
 その後、近藤邦明氏の
 『温暖化は憂うべきことだろいうか・・・CO2地球温暖化説の虚構』
を、始めは眉唾かと疑いながら読んで、目から鱗がはがれ、近藤邦明氏の見解にほぼ賛成しCO2温暖化説懐疑派になりました。
 全面賛成ではなくとも近藤邦明氏や槌田敦氏の主張のほうが理に適っている部分が多いからです。
 さらに、
 地球温暖化の議論を離れた環境問題に関しても、近藤邦明氏や槌田敦氏の主張は、本質を突いた素晴らしい見解に溢れています。


 話を戻しますが、無責任なマスコミや権威の不確かな情報を信じてしまう付和雷同の一般市民はある意味犠牲者でしょう。
 それに対し、この情報を流しているIPCCや気象学者、それに追従する政治家やマスコミは、バブルのときのように
「あのときはしょうがなかった」
では許されませんね。
血税をつぎ込んでとんでもない逆効果の対策をした彼等は間違っていた場合、それなりの重い責任を取るべきです。
 原発なんてまた推進したら取り返しがつきません。どうやっても責任取れない重い罪です。


 私がこのHPに出会うまであまり関心のなかった疑似科学ですが、
 今の時代こそ疑似科学の看破は大切でしょう。

槌田氏の論文について2

早速のコメントありがとうございます。
仰るとおり、ご本人に指摘した方がいいですよね。ちなみに実際したことがあるのですが、無視されましたが(笑)。
具体的には、例えば「太陽光発電は無意味」という主張にデータを持って指摘したり。

ただ気になったのは読んだこともない槌田氏の論文がrejectされてる理由を懐疑の一因にするなんて。。。少し自説を補強するのに何でも引用すぎなんではないですか?

それにしても、わずかな書き込みで「付和雷同派」とレッテル張りされ、批評されるとは。。。これを「懐疑派ファシズム」と名付けてもいいですか?
(ちなみに私は常に懐疑派でいることを心がけていますが、実際の行動はリスクを加味して決定すべきであり、その意味で温暖化対策は必要だと考えています)

正しい行動を取るには正しい知識が必要ではないだろうか

通りすがりさんの主張は懐疑派として「太陽光発電は無意味」というもので、それを槌田さんに直接指摘したら無視されたということでしょうか。もう少し詳しい経緯が知りたいですね。具体的に槌田さんの説で間違っている部分があれば、それは私も受け入れますし、主流派、懐疑派ともに間違いがあれば訂正すればいいだけだと思います。


わたしは当事者ではないので、論文どうこうの真相は分かりませんが、この場合は、Naomi Oreskesのコンセンサス記事自体にも問題があったという事情も踏まえた方がいいかもしれません。私もエントリーで少しだけそのことについて触れましたが(http://feliscatus.blog77.fc2.com/blog-entry-37.html)、Scienceに掲載されたOreskesのコンセンサス記事に問題があったことはご存知でしょうか(http://www.lavoisier.com.au/papers/articles/lav2006forWeb.pdf


もちろん、主流派の明日香氏らの話を鵜呑みにしたという落ち度はあると思いますが、未だに明日香氏らはOreskesの記事などをもとにコンセンサスがあったのだと主張しているようです( http://www.cir.tohoku.ac.jp/~asuka/ )。彼らがなぜそこまでコンセンサスに拘るのか私には理解できませんが、むしろ活発な議論を行うためにはコンセンサスなど余り気にしない方がよっぽどいいのではないかなどと私は考えています。


コンセンサスを問うこと自体に科学的な意味は余りないと思いますが、それを政治利用しているのは、どちらかといえば明日香氏らのような主流派の方だったりするのではないでしょうか。私が懐疑的な理由は自分で科学的に納得できないところがあるためです。他の政治的な要素も気にはなりますが、本質的には私が懐疑派であることに関係ありません。


対策に関する「ベキ論」に与するかどうかは別問題です。それは二酸化炭素に問題が矮小化されることで、もっと深刻な問題が見過ごされてしまうのではないか、という懸念も感じなくはありませんが、それらの政治的な思惑を全て切り離した上での懐疑派であるということだけは認識しておいてほしいと思います。

「太陽光発電は無意味」は槌田敦氏の主張

 槌田敦氏は、太陽光発電は、エネルギー算出比が1よりはるかに下だから、無意味と言っているのに対して、「通りすがり」氏こと普段別HN使っている方が、ヨーロッパのどっかの国で使っている太陽光発電は算出比が8とか80とか大きな数字だという発電の会社かなんかのデータを持ってきて無視されたと言う事でしょう。
 
 「通りすがり」氏は私のブログにもコメントをくれたと思うので思い出しました。早稲田大学かどこかで行われた温暖化に関する討論会、CO2温暖化説擁護派対懐疑派の討論会で槌田氏に質問したときの事でしょう。
 「通りすがり」氏は懐疑派と言うよりは、CO2温暖化説擁護派だと思いますが、
それは兎も角、「付和雷同派」と名づけたのは、確かに失礼でしたね。

 ただ、
>「rejectされてる理由を懐疑の一因」
と言うのは、槌田氏の論理がインチキだと思うならそれをしっかり指摘していただければ済むのです。そこが興味のある部分です。それなのに、別な方向やお門違いの反論をするからまともな反論が出来ないのかと思うわけです。

 私は、槌田敦氏に大いなる関心を持っているので、私もブログでどんどん取り上げようと思っているので、槌田氏の確かな情報を教えていただければあり難いのです。 
 
 
 

天災は忘れたころにやってくる

なるほど、討論会で質問した方ですか。そういう討論会があることはいいことですね。オープンな議論は歓迎されることだと思います。槌田さんの説には納得できないながらも、その後、懐疑派になられたということなのでしょうか。太陽光発電もそうですが、自然エネルギーは広く薄いのが特徴ですから、地熱エネルギー以外の発電で余り有力な手段はそう簡単にでてこない気がします。
http://mntrav.cocolog-nifty.com/kankyo/2007/04/post_402e.html​
http://www.geohpaj.org/topics/event/magma


インドネシアなどは日本と同じ 地震大国なので地熱が盛んのようですね。ただ、その地震大国に原発を4基ほどつくる計画があるようですが、これはスマトラ沖の大地震以上にリスク管理を徹底しないと、後で何が起こってからでは手遅れになると思います。
http://www.koushinococoro.com/magazine/ma-35_20.htm
http://www.cozymax.org/study/indonesia-nuclear-plant-070306.htm


日本では、志賀原発が臨界事故隠しで運転停止に追いやられているときに、丁度、能登半島沖で地震がありました。この地震の規模は志賀原発の建設時に想定した「海底の断層による地震」の規模を上回っていたそうです。こういう偶然はめったにないことだと思います。地震予知も満足にできない現状では、地震による偶発的な原発事故のリスクは著しく高まる危険性を常に抱えていると思います。
http://fukurou.txt-nifty.com/f2/2007/03/post_18f1.html

ところで、100万kWを太陽光発電でまかなうとすると、山手線の内側面積程度のパネル面積を必要とするようです。
http://www.enecho.meti.go.jp/e-ene/faq/010000/010100/010133/index.html


また、太陽光発電で100万kWをまかなうだけで、設備費だけで6兆円から7兆円程度かかるようです。
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/energy-in-japan/energy2006html/newenergy.html


太陽光発電の場合は、少なくと今の高コストを下げるなんらかのブレークスルーがない限り電力の主役にはならないと思います。フリーマン・ダイソンの考案したダイソン球でも使えば、太陽光を最大限に使うことはできるでしょうが、経年変化の壁はなかなか越えられないでしょう。ちなみに、ダイソンは温暖化に対していくつかコメントをしているようですね。
http://mikerosstky.spaces.live.com/Blog/cns!65DFD4754018BC2A!2656.entry

討論会は分が悪いので、大本営発表のみに戻したようです

 「地球温暖化に関する討論会」のようなものは、1年以上前(2006年はじめ)までに2回くらい開かれたようですが、槌田敦さんのほうが優勢に終わったらしくCO2温暖化説支持者は、懲りたようです。
 これはCO2温暖化説支持派のHPにも載ってます。
http://sgw.blog50.fc2.com/blog-entry-208.html#more

→彼のコメントは先入観に凝り固まっています。
反原発の先鋒、槌田敦氏を、原発推進派と同等とみなしているあたりとか、
CO2温暖化懐疑派=環境問題を顧みない悪党
という図式を作って思い込んでいるようです。

 兎も角、CO2温暖化説推進派の環境省や気象学会は、懐疑派との討論会は自分達にかなりの不利と考えたらしく、今のところもう行わない積もりのようです。
 このことに関しては、近藤邦明氏のHP
  ”『環境問題』を考える”   
http://env01.cool.ne.jp/index02.htm

の  5.HP管理者から   の
2006年12月から2007年1月あたりの部分に書かれています。

 CO2温暖化説推進派は討論会をやめて、見切り発射でごり押しを始めましたね。首相が対策を打ち出し始め、NHKニュースなどで、大本営発表する方向に切り替えたようですね。
 

「戦争は平和である」:レーニンの倒置論法

槌田さんを原発推進派というのは、とんでもない失礼な発言ですね。槌田さんは反原発運動の活動家として誰もが認めるところだと思います。


元環境NGO関係者と称する「温暖化いろいろ」さんには少し失望しましたね。主流派の方にはもう少しマトモな方もいらっしゃると思いますが、槌田さんに対するネガティブ・キャンペーンは悪意すら感じさせるものです。


「温暖化いろいろ」さんで紹介されていた明日香氏のプレゼン資料を見ましたら、次のような文がありました。


『温暖化問題は社会的産物か?
そうだけど、でっちあげではない』

『原子力推進派の陰謀か?
そうかもしれないけど・・・
やっぱり違う!』
http://www.cir.tohoku.ac.jp/omura-p/omuraCDM/asuka/asuka-presentation-material.pdf


これは「戦争は平和である」とするレーニンの倒置論法を思い出させるレトリックですね。レトリックや詭弁ではなく、正論で勝負していただきたいものだと思いました。

話を原点に戻すと・・・

 ここの【環境ファシズム・・・】のコメント沢山になりました。30を超えましたね。改めて読み直すと興味深いものがあります。

 そこで、話を元に戻すと、私は「環境ファシズム」という言葉を使うほどの脅威は感じません。
 私の拙ブログ『雑草の言葉』でも定義させて戴いたとおり、
「エコファシズム」と言ったら
 ”Ecological Fascism" ではなく
 ”Economic Fascism"
 すなわち、「経済ファシズム」のほうを定義させて戴きます。

 CO2温暖化の対策も、排出権の売買だとか、地下貯留だとか果ては原発だとか、全て経済効果優先です。
 本気でCO2濃度を減らすなら、そんな対処療法ではなく、根本的に経済を縮小してCO2排出を減らしたり、植物を伐採せずに増やし、光合成を増やすほうが安全で効果的に決まっています。

だから、彼らは、環境問題を利用した「経済ファシスト」でしょう。


 「温暖化いろいろ」のSGW氏も、真剣に地球環境の事を考えていればこそ、色々過激な発言が出るのでしょう。・・・・それもファシズムと言えばファシズムでしょうか・・?でも、環境問題のことなんて考えずに金儲けを優先している「経済ファシスト」とは全く違います。


 私は、環境問題に対する方策は甘すぎると感じておりますから、ディープ・エコロジーには(内容にもよりますが)基本的に賛成です。それをファシズムと呼ぶなら呼んで戴いても結構ですが、ファシズム運動と呼ぶほどの盛り上がりは全くありません。21世紀に入った現在に至っても、環境問題より経済が遥かに優先されています。
 「環境やくざ」なんていないでしょう。「経済やくざ」は溢れています。
 存在するのは、
「似非環境の経済やくざ」
でしょう。つまり、環境問題にかこつけて脅して金を儲けようとする者です。彼らは「経済やくざ」に分類すべきでしょう。

 日本でも、グリンピースのような過激な環境団体がいてもいいと考えます。そうじゃなければ、環境やくざ(いませんが)がいくら恫喝しても、企業は、びくともせず、環境破壊の開発をやめないでしょう。

 ・・・それとは別の問題かと思いますが、疑似科学のはびこりは酷い事が、このHPを読んで感じました。こんなに酷いとは思いませんでした。疑似科学にはしっかり対処すべきでしょう。

TheorySurgery氏が「環境ファシズム」と呼ぶところのものは、
「擬似科学による似非環境問題ファシズム」
 とでも呼ぶべきものではないでしょうか。

環境保護という名の自然支配

地球の温暖化を食い止めるなんて正にキリスト教の人間史上主義と自然支配の思想からきてるね。人間は自分たちの都合に合わせて自然を支配しても良い。かつては文明を発展させるために、とことん自然を壊していったが、このままだと人間が損をするので今は保護に切り替わった。しかし、人間にとって都合の良い環境にするために自然を支配すると言う目的は今も昔も全く同じ。破壊と言う手段で自然を支配していった白人であるが、今度は保護と言う誰も反論できないような言葉(手段)で誤魔化して自然の支配を行おうとしている。いやもうすでに始めてる。

白人至上主義と黄禍論

909さん、こんにちは。
キリスト教の欠点は、本人たちには分からないのかもしれません。同様に、日本人にも弱点はあると思いますが、自分からはなかなか見えないものだと思います。


日本人にとって、西洋人に対する違和感は、自然に対する考え方の違いや文化の違いなどで感じる部分も少なくないと思います。


西洋中心主義、白人至上主義の世界は必ずしも、他の民族にとって住みやすい環境とはいえません。日本はだいぶ西欧化しており、価値観をともにすることが国益になるのだとか言われていますが、私にはどこか引っかかるところがあります。


力による外交はペリーの時代から余り変わっていないのかもしれません。これからの時代の価値観を西洋中心主義をそのまま、のさばらせては日本の国益や少数民族の文化など守れるはずはないと思います。


環境保護運動の偽善的振る舞いについては、以下のサイトが参考になると思います。
動物保護運動の虚像
http://www.ne.jp/asahi/wtnb/2000/recommend/genre3/umezaki.htm
1972年6月、国連人間環境会議
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog097.html
プロフィール

TheorySurgery

Author:TheorySurgery
社会科学と疑似科学の際どい境界線を探りながら、文系と理系の学問の乖離やらを考えています。分光学を視点として温暖化懐疑論も展開してます。

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