嘘も方便、やがては信用失墜ヒトラーはプロパガンダと革命の関係についてこう述べている。「大衆は小さな嘘より大きな嘘の犠牲になりやすい。とりわけそれが何度も繰り返されたならば。」
巷では「嘘も方便」とばかりに環境プロパガンダが繰り返されている。温暖化に伴う環境危機が誇張されたり、自然災害をなんでも温暖化に結びつけた報道がNHKを含むあらゆるメディアで蔓延している。そのような嘘や誇張がまかり通れば、いつか誇張がばれたときに妥当な科学までが信用を失うことにもなりかねない。
それはまさに戦後の進歩的文化人や残留左翼の嘘がばれた昨今の風潮と類似したものになるであろう。朝日新聞を初め嘘をついた左翼の信頼は地に落ちた。そうならないように、マスコミや政治家の暴走を止めるのが本来あるべき良心的な科学者の態度だ。
Science誌に掲載された捏造記事しかし、科学も嘘や捏造、でっちあげといったものから決して無縁ではないのだ。例えば、権威ある科学雑誌の一つであるScience誌はソウル大の黄禹錫元教授によるES細胞の論文捏造問題を受けて、注目を浴びる分野の研究など捏造が入り込みやすいハイリスク論文の審査を厳しくするようにとの勧告を受けている。インパクトの高い論文を扱う雑誌だから、その分のリスクも他と比べて高いのは間違いない。
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注目分野の論文審査厳しく 捏造問題教訓に米科学誌)
コンセンサスの既成事実化 (Oreskesの印象操作記事)そんな中でまさに、そのScience誌による世論誘導を行う出来事があった。2004年にNaomi Oreskesという人物によるエッセイがScience誌に掲載された。Oreskesのエッセイは温暖化論に対する科学者のコンセンサスが形成されていることを主張する内容であった。それによれば、温暖化論に異論を唱える研究は一遍も存在しないというものだった。
このOreskesのエッセイは丁度「第10回気候変動枠組条約(COP10) (2004年)」と同期して発表され、その後メディアによって大きく取り上げられることになった。この報道によって、人々の意識から二酸化炭素説に懐疑的な論文があたかも存在しないかのように印象付けることに成功した。しかし、Oreskesの研究手法には嘘や誇張が含まれていた。
Oreskesの研究手法は、“Climate Change”というキーワードで、1993年から2003年までに発表され、ISIデータベースに登録されている査読付きのペーパーを分析したところ、928ペーパーが該当し、その中で温暖化に対する人為的な貢献の存在を否定しているものは一つもなかった、というものだった。しかし、実際は、“Global Climate Change”というキーワードで検索した結果であった。しかも、少なくとも34の論文が二酸化炭素説に懐疑的な論文があったことも分かっている。
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Naomi Oreskes & her study: errata)
本来、科学は多数決ではないから、コンセンサスの有無は余り意味をなさないはずである。量子力学が登場した黎明期にコンセンサスをとっていたら、その後の量子力学の発展は無かっただろう。ガリレオの例にあるように、コンセンサスの有無によってお蔵入りするような研究があってはならないことだ。それは科学にとって大幅な後退をもたらすものだ。
印象操作に加担するものたちしかし、異端に対する排撃運動は科学の世界にも蔓延してしまっているようだ。例えば、Science誌の編集長であるドナルド・ケネディは温暖化問題に関して「科学において、この件に関する意見ほど皆の見解が一致することは、まれである」と主張している。米国立海洋大気庁長官であるジム・べーカーも温暖化問題に対して「この問題以上に科学的な意見が一致していいる問題はほかにはない。あるとしたら、ニュートンの力学法則ぐらいだろう」と述べている。
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アル・ゴア著『不都合な真実』に関する記述)
これらの発言はアル・ゴアの「不都合な真実」という著書にも引用され、ゴアも『温暖化をめっぐって科学者の意見が真っ二つに分かれているという誤解は、実は意図的に作り出されたものである』と主張している。
しかし、温暖化二酸化炭素原因説に対して異論はないという主張はまったくの間違いである。ホッケースティック論争を初め、温暖化論にはスベンスマーク効果など太陽活動による影響ではないかという声が根強く残っている。そんな中で、最近、IPCCは第四次報告書の「政策決定者向け要約」というものを発表した。
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IPCC 第4次評価報告書(気象庁))
そこでは「90%を超える確率で」人間活動による温室効果ガス排出が地球温暖化の要因と結論付けたようだ。しかし、この90%という数字に何の意味があるだろうか。この数字も悪しきコンセンサス主義をあらわす科学史上の大失敗と見なされる日がいつか訪れるものと私は確信している。
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影響の確実性 "very high confidence"(安井至) )
100%正しい説があるとしたらそれはもはや宗教である。科学はどんな理論だろうが反証可能性が残されている。カール・ポパーによれば反証可能性のない説は疑似科学でしかないのだ。あの相対性理論だって、さらにそれをも包括した統一理論の完成を夢見てアインシュタインは邁進したのだ。