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社会科学に潜む疑似科学と科学の行方を思索するNipponeseのブログ。
・自分を天才だと考えている。
・仲間たちを例外なく無知な大馬鹿者と考えている。
・自分は不当にも迫害され差別されていると考えている。
・もっとも偉大な科学者や、もっとも確立されている理論に攻撃の的を絞りたいという強迫観念がある。
・複雑な専門用語を使って書く傾向がよく見られ、多くの場合、自分が勝手に創った用語や表現を駆使している。
文科系の学問における疑似科学『疑似科学は上で挙げたような「怪しい」分野のみならず、大学で研究されている「れっきとした」学問の中にもはびこっている事がたびたび指摘されており、哲学者や文芸評論家、文芸理論家などが自分の説を権威づけるために(専門家から見れば)デタラメな科学的知識を並べたてているのが散見される。』
ポストモダン - Wikipedia『物理学者ソーカルによって、ポストモダンを標榜する者たちが、衒学的であり(読者が解らないことをいいことにデタラメな数式で根拠づけており)、相対主義である、として非難された事件である(ソーカル事件参照)。"ポストモダン"評論家の数式を装ったまやかしの記法を指摘したソーカルの指摘は正しく、ポストモダンの評論家からはソーカルに反論する者すら出てこなかった。結局、"ポストモダン"に関わっている者がしていることは、ある種のまやかしの活動であり、学問に大切な誠実さが根本的に無い、』
ポストモダン思想は終わったのか?『ポストモダン思想は、古典的な絶対的「正しさ」の観念を相対化し、現代社会の「内的な自由」の精神の核心をよく表現したという点で、きわめて大きな存在意義をもっていた。しかし、われわれはいま、それが現代の批判思想として挫折している本質的な理由をよく理解する必要がある。その多様な側面をさまざまにつなぎ合わせて何か新しい思想を生み出せるかも知れないと考える人も多いが、それは空しい錬金術にすぎない。』
『人文系と分類されている学界では、まだ理論と人名の分断がなされておらず、その論文が理論的説得ではなく、権威的説得に頼ろうとしている風潮が高いように感じられます。しかしながら、背後にある伝統的システムを健全なものとみなし、そこから生産された権威の提示を強調することは、理論的貧困性を招来するのではないかと危惧します。』
社会学−wikipedia『(東大を初めとした理論系社会学の)それらの大学では、教員の多くが理論の輸入や解釈を主目的としているため、新しい知見の発見は困難である。そのため国際学会での発表経験が乏しいか、発表能力がほとんどない教員も多い。このような深刻な事態の背景には、かつて日本の大学に予算や調査能力がなかった時代には、理論研究のみしかできなくても、やむをえなかったという事情もある。しかし今日では、現実社会と距離のある抽象的な理論社会学研究に対しては、かなりの社会的批判が存在するのも事実である。』
『精神分析は存亡の危機に瀕している。神経科学的な修繕を多少施したところで、どうにかなるものではない。仮に修繕するとしても、あまりにも修繕箇所が多すぎるので、多くの神経科学者は、それよりもむしろ、神経認知的なモデルをゼロから作り上げる方を好むだろう』
3‐2.心理学は文学か?『日本では、心理学が医学・生理学を含む他の理系分野と方法論的に協力・融合可能な学問であるという認識が、双方の研究者で低く、交流を妨げている。先ずは日本の実証的な心理学の位置づけを再検討し、他分野と協同し易い体制を整える事が必要である。』
社会科学を伴った将来へ「暴力の増大,高齢化,民族間闘争,地球温暖化,これらの問題はしばしば誤解されている社会科学にその真価を実証する機会を提供している。しかし社会科学自身先ず変われるであろうか。」
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