無放射的なエネルギーの散逸過程の寄与の定式化
無放射的なエネルギーの散逸過程による放射伝達の破綻
一般に、ある温度をもつ物体はシュテファン・ボルツマン則であらわされるような放射を行っていると考えられている。しかし、シュテファン・ボルツマン則やプランク放射は黒体を想定しているために、実際の分子などにそのまま当てはめることはできない。その理由の一つは、「分子の持つスペクトルが連続スペクトルを有していない」ということがあげられる。もう一つ重要な点は、分子衝突などに誘起された「無放射的なエネルギーの散逸過程」による影響が考えられる。
分子衝突は、しばし励起分子から他の基底分子への無放射的なエネルギー移動を誘起し、正味の放射強度を減少させる。特に、この無放射緩和過程があるために、大気を光学的厚さだけの関数としてあらわすことができなくなり、対流圏大気において放射平衡モデルが破綻する原因の一つともなっている。対流圏とも言うように、下層大気では、放射よりも伝導や対流などの「無放射的な伝熱過程によるダイナミクス」がより重要な役割を担っているものと考えられる。
プランクの放射式における無放射緩和過程の導入
そこで、実際の気体分子と黒体における放射の違いについて、より明確にするための定式化を行ってみた。方法としては速度論的アプローチを用いて、黒体放射におけるプランクの式に無放射緩和過程の寄与の導入を試みた。まず、励起量子準位(N2)から基底量子準位(N1)への放射遷移の速度式は、誘導吸収、自然放射、誘導放出を用いて表すことができる。
dN2 / dt = - ( A + B・I ) N2 + B・I・N1
ここで、AはアインシュタインのA係数、BはアインシュタインのB係数、Iは場に入射される放射強度である。これを解くと、
I(ν,T) = 8hν3 / {c3 [ exp(hν/ kBT) - 1 ] }
となる。ここで、hはプランク定数、cは光速、kBはボルツマン定数、Tは温度、νは振動数である。また、このときの放射強度I(ν,T)をE(ν,T) と定義する。
E(ν,T) = 8πhν3 / {c3 [ exp(hν/ kBT) - 1 ] }
これはプランクの式(プランク分布)とも呼ばれ、ある振動数のスペクトル成分における黒体放射の強度(空洞放射強度)を示している。つまり、黒体放射におけるスペクトル分布はプランクの式によってあらわすことができる。
実際の気体分子は、さらに、分子衝突による無放射緩和過程を考慮する必要があるので、
dN2/ dt = - ( A + B・I + knr ) N2 + ( B・I + kZ ) N1
となる。ここで、kZ 、knr は、それぞれ衝突による励起速度および脱励起速度である。
定常状態が近似できる場合、
dN2 / dt = 0
とおくことができ、 式を整理すると、
( A + B・I + knr ) N2 / N1 = B・I + kZ
となる。ここで、両状態間の比を次式のようにボルツマン分布であらわし、
N2 / N1 =exp( - hν / kBT)
さらにB・Iについてまとめると、
A + knr - kZ exp( hν / kBT ) = B・I ・{exp( hν / kBT ) - 1}
となる。ここで、次の関係式を用いてBを消去し、
A= ( 8πhν3 / c3 )・B
さらに、式の簡略化のために次式を定義する(アレニウスの式と同型)。
kZ = exp( - hν / kBT ) ・kET
ここで、ボルツマン分布は、hνの励起エネルギーを持つエネルギー準位に分布している分子の割合を示し、kETはその十分な励起エネルギーを持った分子の運動エネルギーから振動エネルギーへのエネルギー移動の速度定数(kT-V)と、ある振動モードから別の振動モードへのエネルギー移動の速度定数(kV-V)の和を意味している。
kET = kT-V + kV-V
また、モード1個あたりの振動子がもつ平均エネルギーを次式であらわすと、
Eos = hν / { exp( hν / kBT ) - 1 }
となる。これは光子1個のエネルギー(hν)に、ボース・アインシュタインの分布関数をかけたものである。これを代入すると、最終的に次の関係式が導かれる。
8πν2 / c3 ・Eos = A / (A + knr) ・I(ν,T) + kET / (A + knr) ・8πhν2 / c3 ・Eos
さらに、黒体放射強度を次式のプランクの式を用いてあらわすと、
E(ν,T) = 8πν2 / c3 ・Eos
となる。これは、1個のモードあたりの平均エネルギー(Eos)に、単位振動数、単位体積あたりのモード数をかけたものに相当する。これを代入すると、
E(ν,T) = A / (A + knr) ・I(ν,T) + kET / (A + knr) ・E(ν,T)
となる。これを定性的に理解するために、放射、無放射の各収率を次のように定義し、
Φr = kr / (kr + knr) = A / (A + knr)
Φnr = knr / (kr + knr) ~ kET / (A + knr)
これを代入すると、
E(ν,T) = Φr ・I(ν,T) + Φnr ・E(ν,T)
となり、実際の気体分子のように、無放射緩和過程の寄与がある場合のプランクの黒体放射エネルギーの内訳を明確にすることができるようになった。
ここで、左辺はある振動数成分における完全な黒体放射エネルギーを表している。一方、右辺第一項は実際に観測することができる正味の放射エネルギー、右辺第二項は分子間衝突に誘起された無放射エネルギー移動に消費されるエネルギーの割合を示している。CO2の振動励起状態のように、放射緩和過程の量子収率(Φr)が小さければ、黒体放射であらわされるエネルギーの大部分は必然的に無放射緩和に分配されていることになる。
また、上式に、場に入射される放射強度I(ν,T')として黒体放射E(ν,T)を考えるならば、
E(ν,T) = (Φr + Φnr )・ E(ν,T)
となり、放射と無放射緩和過程の収率の和が1となることが示される(*)。プランクの放射式は無放射緩和過程の寄与が無視できる場合にのみ当てはまるが、実際には黒体のような理想的な分子は存在しない。
もう一つの黒体の条件
もう一つ黒体の条件として、入射された放射をすべて吸収する物質でなければならないというものがある。つまり、あらゆる振動数の振動子をもつことが黒体放射の前提条件の一つとなっている。現実の物体では完全な黒体を作ることはできないため、空洞などを用いて黒体放射の検証が行われている。また、気体分子は基本的に線スペクトルであり、黒体とはかなりかけ離れた存在であるために、分子論的なアプローチなどが必要となってくる。
固体の場合、バンド構造のように電子のエネルギー準位を連続的な分布として取り扱うことができるため、様々な振動数の吸収・放射を行うことができる。また、太陽放射のような連続スペクトルの場合は、分子運動などにより十分にスペクトルが密になった状態の結果であり、実際には様々な量子状態をもった個々の分子の線スペクトルの重なりによって形成されているものと考えられる。
* 場に入射する放射強度I(ν,T')として地球放射を想定するならば、地球放射の吸収による大気温の上昇過程として記述することもできる(今回は大気がもつ温度からの仮想的な黒体放射を想定しており、温度一定のもとでの定常解を求めた)。地球放射を想定した場合、今回のような定常解ではなく、外部からの摂動を受けた非平衡状態からの緩和過程として記述する必要があるだろう。
| BLOG TOP |


